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大阪地方裁判所 昭和34年(ヨ)3411号 判決

申請人 荒木貞夫 外三名

被申請人 高輪タクシー株式会社

主文

申請人らが被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位を仮に定める。

被申請人は、申請人荒木貞夫に対し一ケ月金三五、五五〇円、同桑嶋忠幸に対し、一ケ月金三四、七一〇円、同佐竹俊通に対し、一ケ月金二七、九三〇円、同上野茂に対し、一ケ月金二七、三六〇円の割合による金員を、それぞれ昭和三四年一一月五日以降毎月二五日限り支払え。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、申請人らの主張

申請人ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その理由として、次のとおり述べた。

一、申請人らは、タクシー営業を目的とする被申請人(以下単に会社という)に、昭和三四年四月、タクシー運転手として期間の定めなく雇用され、毎月二五日限り、申請人荒木貞夫は一ケ月金三五、五五〇円、同桑嶋忠幸は一ケ月金三四、七一〇円、同佐竹俊通は一ケ月金二七、九三〇円、同上野茂は一ケ月金二七、三六〇円の割合による賃金(但し同年一一月二日当時の平均賃金)の支払を受けていた。

二、会社は、右雇用契約は有効に存続しているのに、これが終了したとして、同年一一月五日以降申請人らの雇用契約上の権利を認めず、かつ賃金を支払わないので、申請人らは、会社に対し、雇用関係存在確認並びに賃金支払の本訴を提起すべく準備中であるが、申請人らは会社から支払われる賃金のみで生計を維持しなければならない者で、本案判決確定をまつては著しい損害を被ることとなるので、本件仮処分申請に及んだ次第である。

次いで被申請人の主張に対する答弁として、次のとおり述べた。

(一)  合意解除の主張について

被申請人主張の二(一)記載の事実は否認する。もつとも大月孝司は、昭和三四年一〇月二七日、会社の三宅毅営業部長に対し、「東邦タクシーなみ(金一〇〇、〇〇〇円)の退職金と予告手当等を出してくれれば辞めてもよい。」旨述べたことはあるが、申請人らは大月に右申入を依頼したことはない。仮りに会社が大月の右発言を申請人らを代理しての退職申入と解し、そう解することについて正当な事由があつたとしても、右発言は条件付解約の申込にすぎず、これに対して発せられたという会社の退職願承諾書による意思表示は、右条件を全く無視してなされたものであるから、かかる承諾は右の申込の拒絶とともに新たな申込をしたものとみなされるにすぎず、右の承諾によつて契約が合意解除されたと解すべき余地はない。

(二)  解雇の主張について

被申請人主張の二(二)記載の事実中申請人荒木が会社所有の自動車のタイヤ二本とキヤブレター一個を会社に無断で取りはずし、他の車の該当部品ととりかえたことは認めるがその余の事実は争う。会社の、解雇による契約終了の主張は以下述べるとおり理由がない。

(1) 退職願出を承諾する旨記載された書面による意思表示は、せいぜい退職について、申請人らの同意を求める解除契約の申込とみなしうるにすぎず、一方的な解雇の意思表示とは解しえないから、これによつて解雇の意思表示がなされたものとはいえない。

(2) 仮りに右主張が認められないとしても、申請人らには就業規則第五九条第五号、第七号、第一六号に定める懲戒解雇事由は存しないから解雇は無効である。

(イ) 申請人荒木が会社所有の自動車のタイヤ等を他の車のそれととりかえたのは次のような事情によるものである。すなわち、申請人荒木は、京都市において料亭を経営している実兄荒木康樹の依頼により、廃車となつていた中古自動車を購入し、昭和三四年一一月二日に実施される車体の定期検査に備えて、向陽自動車株式会社に右自動車の修理を依頼していた。ところが右自動車のタイヤ二本とキヤブレター一個が古くなつていて、車体検査に支障があるとのことであつたが、その部品購入の資金がないので、一時会社の自動車の部品を借用して車体検査を受けようと考え、会社所有の一号車のタイヤ二本及びキヤブレター一個を、会社に無断で、前記中古自動車の該当部品と交換した。しかしその後申請人桑嶋、同佐竹、同上野のすすめもあつたので、同年一〇月二八日これを復元した。申請人荒木の右行為は、就業規則に当るとしても、せいぜい第五六条(減給)第八号(会社の資材を用い私物を作成、修理をなし又はなさしめるとき)に該当するにすぎず、就業規則第五九条第五号、第七号に該当するものではないからその適用を誤つたもので解雇は無効である。申請人桑嶋、同佐竹、同上野は同月二八日、申請人荒木の右行為を知つて、その非を責め、早急にタイヤ及びキヤブレターを会社に返還するようにすすめ、これを実現せしめたにすぎないから、就業規則第五九条第五号、第七号に該当しないことは明らかである。

(ロ) 申請人らは、無断欠勤したことも、会社から譴責を受けたこともないから就業規則第五九条第一六号にも該当しない。従つて本件解雇は、就業規則所定の解雇事由を欠き無効である。

(3) 更に、本件解雇は申請人らが労働組合を結成し、正当な組合活動を行つたために、不当な口実を構えてなされたもので、労働組合法第七条第一号に違反し無効である。

会社は、乗車勤務者に対し、一日の売上目標額を設定し、これに達しない者は整理するなどと称して過重な労働を強い、又昭和三四年八月頃から、営業権を他に譲渡するという風評が高くなり、従業員間に動揺が高まつたので、その頃から申請人ら及び大月孝司が中心となつて労働組合結成の準備活動を推進し、同年九月二日、会社側の妨害を排除し、乗車勤務者、技工の全員合計二六名をもつて組織する高輪タクシー株式会社労働組合(以下単に組合という)を結成し、申請人荒木は書記長、同桑嶋は執行委員に選任された。組合は結成の翌日、会社に対し、組合結成の通告をなすとともに、団体交渉の開始を求め、爾来数回にわたつて待遇改善等の要求を掲げて団体交渉の申入を行つた。申請人荒木、同桑嶋は、組合役員として、これら組合活動に従い、申請人佐竹、同上野は、組合役員と密接な関係を保つて、最も積極的に組合活動を行つてきた。これに対し、会社は、組合の団体交渉申入を拒否してこれに応じようとしないばかりでなく、組合役員を社長の自宅に呼寄せて組合の解散を求め、これに代る親睦会の結成をすすめ、或いは各組合員に対し、「赤化思想に惑わされるな、組合を解散すれば金を出そう」と呼びかけるなど、種々の手段を用いて組合を壊滅させようとしたが、容易にこれに成功しなかつたので、遂に本件解雇の挙に出るに至つたのであつて、会社は、組合を嫌悪し、これを早期に崩壊せしめるためには申請人らを企業より排除するほかないと考えて、組合委員長大月孝司とともに申請人らを解雇したものである。

なお会社主張のように組合が同年一〇月一五日に解散したことはないし、たとえ解散したとしても、その一事をもつて労働組合法第七条第一号の適用がないとはいえない。

従つて本件解雇は不当労働行為であつて無効である。(疎明省略)

第二、被申請人の主張

被申請人訴訟代理人は、「申請人らの申請を棄却する。申請費用は申請人らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

一、申請人ら主張の一記載の事実は認める。

二、しかしながら、申請人らと会社との雇用契約は次に述べる理由で終了したものである。

(一)  本件雇用契約は合意解除により終了した。

申請人荒木、同佐竹及び大月は、昭和三四年一〇月二七日、申請人桑嶋、同上野の両名をも代理して、会社を辞めたいと申し出て、一ケ月分の予告手当及び退職金を要求したので会社は、同年一一月四日、申請人らの右退職申込を承諾し、申請人らに対し、予告手当及び退職金を支払う旨通告した。

よつて申請人らと会社との雇用契約は、同日、合意解除により終了した。

(二)  仮りに右の主張が認められないとしても、会社は、同月五日、申請人らに対し、申請人らが次に述べる如く、就業規則第五九条第五号、第七号、第一六号に該当する行為をなしたので右規則に基き懲戒解雇を以て臨むべきところ、申請人らの他会社への就職に対する影響を考慮して、退職願出を承諾する旨記載した書面により、普通解雇の意思表示をなした。

(1) 申請人らは、会社退職後闇タクシー業を営むことを計画し、その用に供する申請人荒木の四輪乗用車に、会社所有の自動車(一号車、大え三、四〇一号)の新しいタイヤ及びキヤブレターを取り付けようと共謀し、同年一〇月中旬頃、申請人荒木が右一号車で操業中の機会を利用して、会社に無断で、そのタイヤ二本とキヤブレター一個を取りはずし、これを申請人荒木の車の古いタイヤ二本及びキヤブレター一個ととりかえ、もつて業務上横領に当る犯罪行為をなし、更に右行為が発覚しそうになるや、申請人ら及び樋口は、同月二八日夜、大阪市浪速区日本橋筋五丁目附近で、会社運転手植村泰三が操業中の一号車をとらえ、同市阿倍野斉場附近の向陽自動車工場において、前に交換した部分を復元するとともに、右植村にも会社に告げないよう依頼し、証拠の湮滅につとめたもので、申請人らの右行為は、就業規則第五九条第五号(故意又は悪質なる違反により……機械器具を著しく毀損し、会社に重大なる損害を与えたとき)及び第七号(業務に関し会社の金品を横領したとき)に該当する。

(2) 申請人荒木は、昭和三四年一〇月二六日、三〇日、一一月二日に、申請人桑嶋は、同年一〇月二四日、二六日、三〇日、一一月二日に、申請人佐竹は、同年一〇月二六日、三〇日、一一月二日に、申請人上野は、同年一〇月三〇日、三一日、一一月二日に、それぞれ無断欠勤をなし、会社は申請人らに対し、各無断欠勤の翌日、口頭で譴責したにも拘らず、改悛の情がなかつたものであるから、就業規則第五九条第一六号(屡々懲戒処分を受けるも仍改悛の見込なき者)に該当する。そして会社は申請人らに対し同年一一月一二日三〇日分の予告手当を弁済供託したから、申請人らとの間の雇用契約は前記解雇の意思表示により同年一一月一二日限り終了した。

三、次で申請人らの不当労働行為の主張について次のとおり述べた。

申請人ら主張の(二)(3)記載の事実中、昭和三四年九月二日、組合が結成されたこと、同月三日及び二五日、二回にわたつて団体交渉の申入があつたことは認めるが、その余の事実は争う。右組合は同年一〇月一五日、組合員の三分の二の多数をもつて解散を決議したもので、申請人らが解雇された当時組合は存在せず、かつ組合運動が行われた事実もなかつたから、会社に不当労働行為意思があつたということはできない。(疎明省略)

理由

一、申請人らは、タクシー営業を目的とする会社に、昭和三四年四月、タクシー運転手として期間の定めなく雇用され、毎月二五日限り、申請人荒木は一ケ月金三五、五五〇円、同桑嶋は一ケ月金三四、七一〇円、同佐竹は一ケ月金二七、九三〇円、同上野茂は一ケ月金二七、三六〇円の割合による賃金(但し同年一一月二日当時の平均賃金)の支払を受けていたことは当事者間に争いがない。

二、合意解除について

会社は、申請人らと会社との雇用契約は合意解除により終了したと主張するのでまずこの点につき判断する。

成立につき争いのない乙第一号証の一ないし八、証人三宅毅の証言(第一、二回)、申請人ら各本人尋問の結果を綜合すると、申請人荒木及び会社の従業員大月孝司は、昭和三四年一〇月二七日会社の天神社長から「班長もやめて平になつて働け。」などといわれたことに端を発し、社長と口論した際社長から「会社を辞めろ」とまでいわれたので、社長の右のような態度が改まらない限り、社長の下で働くことはできないと考え、会社との関係で常に行動を共にしていたその他の申請人に同一行動をとるよう誘つた結果、同日申請人らは大月と一緒に三宅毅営業部長方をたずね、大月を通じ同人に対し「社長から会社を辞めろといわれたが、東宝タクシーなみの退職金一〇〇、〇〇〇円をくれるならやめてもよい。」旨条件付退職の申入をしたこと、三宅は、これよりさき大月から同月二六日、岩舟橋の喫茶店で、「会社から四〇、〇〇〇円貸してもらいたい。借りられないときは退職して闇タクをする」、「ほかにも辞めたいといつている運転手がいるが、それは申請人荒木、同桑嶋、同佐竹及び樋口である」旨を告げられた際大月には退職を思い止まるよう述べ、又申請人荒木らには大月から退職を思い止まるよう話して欲しいと依頼しておつた事情もあつて、当日も極力申請人らの退職の意思を飜すよう説得したが、申請人らは右申入を撤回しそうにもないので、やむなく「折をみて社長に話すからそれまで家で待機していてくれ」と答えたこと、ところが、たまたま同月二八日社長及び三宅は、会社従業員の樋口三郎から、申請人らが会社の車のタイヤを他の車のそれととりかえたことを聞き知り、翌二九日、会社従業員別所清司、植村泰三からも事情を聞いて申請人らが懲戒解雇事由に当る行為をなしているものと判断し、その数日後に、会社で、申請人らに対し、口頭で懲戒解雇事由があるからやめてもらいたいと述べたが、申請人らに書面の交付を要求されたため更に申請人らの処置につき種種協議した結果申請人らを懲戒解雇に付した場合申請人らの被るであろう対内的対外的不利益を慮つて、懲戒解雇を排け予告手当を支払つてやめてもらうことに決めたが、申請人らに対しては、退職の申入もあることとて、右申入を承諾するという形式をとることとし同年一一月四日に至つて、会社名義で申請人らに対し「昭和三四年一〇月二七日に申出がありました貴方の退職願出を承諾します追而十一月分給料を一一月六日午後一時に支払いますから退職届及び健康保険証を持参して来社下さい」と記載した書面を送付し、右書面は同年一一月五日、申請人らに到達したことがそれぞれ疎明され、証人三宅毅の証言(第一、二回)、申請人ら各本人及び会社代表者本人の各尋問の結果中右認定に反する部分は、たやすく措信し難い。他に右認定を左右するに足る疎明資料はない。右の事実によれば会社の前記承諾書による退職の申入を承諾する旨の意思表示は、退職の条件につき何ら顧慮せずになされたものであるから、退職の申入を拒絶したものとみなされる。したがつて右承諾の意思表示によつては、会社主張のように合意解除が成立する筋合はないといわねばならない。

従つて会社の合意解除による契約終了の主張は理由がない。

三、解雇について

次に会社は、仮定的に、申請人らに懲戒解雇該当事由が存在したので、退職願承諾書により解雇の意思表示をなした旨主張するので以下この点につき検討する。

(一)  まず会社主張の懲戒解雇事由の存否につき考える。

(1)  申請人荒木が、会社所有の自動車のタイヤ二本とキヤブレター一個を、会社に無断で取りはずし、他の車の該当部品ととりかえたことは当事者間に争いがない。証人関口寿須武、同樋口三郎、同植村泰三、同別所清司の各証言並びに申請人ら各本人尋問の結果を綜合すると次の事実が一応認められる。すなわち申請人荒木は、京都市において料亭を経営している実兄荒木康樹の依頼を受けて、同人より三〇〇、〇〇〇円を預り、廃車となつていた中古自動車を二九〇、〇〇〇円で購入し、昭和三四年一一月二日に実施される車体の定期検査に備えて、自動車修理業者の向陽自動車株式会社に右自動車の修理を依頼していた。ところが、申請人荒木は右自動車のタイヤ二本とキヤブレター一個が古く、修理業者からタイヤ二本をとりかえねば車体検査に合格しないといわれたが、部品購入の資金がないので、悪心を起し、一時会社の自動車の部品を利用して車体検査を受けようと考え、同年一〇月二四日頃、自己が会社所有の一号車に乗車勤務中、会社に無断でそのタイヤ二本とキヤブレター一個を取りはずし、前記修理工場で右中古自動車のそれととりかえた。その後同月二八日に至つて申請人荒木は右の事実を知つた申請人桑嶋、同佐竹、同上野から直ちに、返還するようすすめられて、同日夜、右申請人ら及び樋口三郎とともに、会社従業員別所清司の運転する車に乗り前記一号車を探したところ、たまたま大阪市浪速区日本橋附近で植村泰三が操業中の前記一号車を発見できたので、同車に乗り替え、これを前記工場に廻送し、同所において、タイヤ及びキヤブレターをもとのとおり再びつけかえた。申請人桑嶋忠幸本人尋問の結果中右認定に反する部分は信を置けないし、他に右認定を左右するに足る疎明資料はない。

ところで成立につき争いのない乙第七号証(就業規則)によれば、右規則第五九条には懲戒解雇事由として、第五号に「故意又は悪質なる違反により重大なる事故を発生せしめた場合又は機械器具を著しく毀損し会社に重大なる損害を与えたとき」、第七号に「業務に関し会社の金品を横領したとき」との定めがあることが認められる。そして前記認定の申請人荒木のした自己が乗車勤務中の会社所有の自動車のタイヤ等を取りはずし、これを実兄所有の自動車に取りつけた行為は、たとえ車体検査終了後返還する意思があつたとしても、他人の物を業務上占有する者が委託任務に背いてその物につき権限がないのに所有者でなければできないような利用処分をしたものと認めるを相当とするからまさに業務上横領に該当する犯罪行為であるというべきであるが、右タイヤは会社に返還されているから、右行為により会社に重大な損害を与えたものとはいいえない。そうだとすると、申請人荒木については就業規則第五九条第五号に該当する行為はないが、同条第七号の事由が存するというべきである。なお申請人らは申請人荒木の行為は、せいぜい就業規則第五六条第八号に該当するにすぎない旨主張する。右規則第五六条には減給事由として第八号に「会社の資材を用い私物を作製、修理をなし又はなさしめたるとき」との定めがあることが認められるけれども、これを前記就業規則第五九条第七号と対比して考えると、右規則第五六条第八号の規定は、右の懲戒解雇事由の場合と異り、その行為が犯罪を構成しない場合、又は犯罪を構成するとしても極めて情の軽い場合を規定したものと解されるから、業務上横領罪を構成する申請人荒木の行為が申請人ら主張のように単に右規定に該当するにすぎないものということはできない。

申請人桑嶋、同佐竹、同上野については、会社主張のような申請人荒木とのタイヤ等横領についての共謀、及びその実行の事実を認めるに足る疎明はなく、かえつて前記認定のとおり、右申請人ら三名は申請人荒木の横領行為が終了した後の同月二八日に始めてこの事実を知り、申請人荒木にすすめ、同人に協力してタイヤ等を返還せしめたにすぎないから会社主張の就業規則第五九条第五号、第七号に該当しないことは明らかである。

(2)  前記規則第五九条第一六号には「屡々懲戒処分を受けるも仍改悛の見込なき者」との規定が存することが認められるけれども、会社が申請人らに対して、無断欠勤を理由に屡々譴責したとの会社主張事実は、本件全疎明資料によつてもこれを認めることはできない。

(二)  以上のとおり申請人桑嶋、同佐竹、同上野については、会社主張の懲戒解雇事由はいずれもこれを認めることができないが、申請人荒木については、就業規則第五九条第七号に該当する事由が認められるので、右行為が果して解雇に値する事由であるかどうかについて更に検討することとする。前記就業規則第五四条には懲戒は譴責、減給、乗務停止、出勤停止、降給降職及び懲戒解雇とする旨を、第五五条に譴責事由、第五六条に減給事由、第五七条に乗務停止又は出勤停止事由、第五八条に降給又は降職事由、第五九条に懲戒解雇事由を規定し、又第六〇条に「懲戒に該当する者と雖も違反事項が軽微であるときは懲戒を免じ訓戒に止め或は事案の情状特に憫諒すべきものあるときは酌量して其処分を減軽し又は期限を付してその執行を猶予することがある」旨を定めていることに徴すると、会社が第五九条の規定を適用して従業員を解雇し終局的にこれを企業から排除することを許されるのは、従業員に単に懲戒解雇事由に該当する行為があつたというだけでは足らず、企業の運営維持の上から見て、社会観念に照し、当該従業員を企業から終局的に排除するを相当と認めるに足る程度にその行為の情の重い場合でなければならない趣旨である。つまり第五九条に特に情状の重いものを懲戒解雇に処する旨明定していなくとも、情状重いものを懲戒解雇に、そうでないものをその情に従い順次軽い処分に付する趣旨である。そうして、会社が就業規則に解雇事由を規定している場合は、会社は右解雇事由がなければ、従業員を解雇し得ないものと解するから、解雇を相当とする事由がないのになされた解雇は、就業規則の適用を誤つた解雇としてその効力がないというべきである。そこで本件についてこれを見るに、申請人荒木に就業規則第五九条第七号に該当する行為があつたこと右の通りであり、その行為は会社の営業用車の車体に関するものであるから、事業の性質上不測の事故を惹起せしめる虞がある行為として、非難に値するものであるが、さきに認定したとおり、申請人荒木は資金に窮し出来心から前記の行為に及んだものであり、それが横領に該当するとはいえ、悪質且つ重大な事犯ではなく、他の申請人らの注意により自己の非を悟り直ちに横領品を返還し会社に財産上の損害を与えていないこと、申請人荒木の右行為により別段事故を惹起したり或は会社の業務に支障を来したとの疎明のないことなどをかれこれ綜合すると、右の行為が形式的に就業規則第五九条第七号に該当するからといつて、直ちに解雇に処する程情の重いものと見ることは相当でない。これを要するに、会社が解雇以外の懲戒処分を問題にしないで、申請人荒木を懲戒解雇該当事由があることを理由として、解雇することは、就業規則の解釈上許されないものといわねばならない。

以上の説示により明らかなように、申請人荒木を除いた他の申請人らについては勿論、申請人荒木についても、その主張の就業規則の条項に該当する事由があることを理由に解雇したとして申請人らとの間の雇用関係を否定することは許されないところであるから、会社の解雇により申請人らとの間の雇用関係が終了したとの主張はその余の点の判断をするまでもなく採用できない。(なお会社の解雇の主張が認められないので、申請人らの解雇が不当労働行為であるとの主張は判断しない。)

四、仮処分の必要性について

以上の次第で、申請人らと会社との雇用契約は存続しておるところ、昭和三四年一一月二日当時申請人荒木は一ケ月金三五、五五〇円、同桑嶋は一ケ月金三四、七一〇円、同佐竹は一ケ月金二七、九三〇円、同上野が一ケ月金二七、三六〇円の割合による平均賃金の支払を受けていたとの前記当事者間に争のない事実よりすると、これと異る疎明資料のない限り、同年一一月四日当時の申請人らの平均賃金も一応右と同額であつたものと認めるのが相当であり、会社は同年一一月五日以降契約が終了したとして、申請人らの雇用契約上の権利を認めず就労を拒否してきたことは弁論の全趣旨に照して明らかであるから、申請人らは会社に対しそれぞれ昭和三四年一一月五日より、毎月二五日限り、上記と同額の平均賃金を請求し得るものといわねばならない。そして、申請人ら各本人尋問の結果によれば申請人らは、いずれも賃金のみで生計を維持しなければならない者で、現在生活に困窮していることが疎明されるから本件仮処分はこれを求める必要性が存するものというべきである。

五、よつて申請人らの本件仮処分申請は、いずれも理由があるから、保証を立てしめずにこれを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中島孝信 荻田健治郎 山本矩夫)

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